842 豊倉〜飯盛山(加西フラワーセンター内)約5.0km 



「15万本のチュウリップ満開」とラジオから流れる声に誘われ久し振りにフラワーセンター。

入り口直ぐのメイン広場、配色デザインがらりと変わり、その素晴らしさに感動す。

その後、柴ヤブ分けて目指した△豊倉まさか遺構に出会うとは。


◎所在地 : 兵庫県立フラワーセンター

◎地形図 : 2万5千図 『笠原(かさはら)』

◎山行日 : 2026.4.13. (月)  晴れ  Age=79歳

◎参 考 : 無し

◎山行者 : 単独

◎コースの見所など : @この時期はチューリップ   Aダリアの時期も素晴らしいとの事

    B興味ある方は△豊倉探訪(北の飯盛山・南の豊倉として△豊倉の整備を望む)

◎走行距離 : 往路 ?km  往復 ?km



自宅発〜フラワーセンターP〜フラワーセンター入場〜温室〜「亀ノ倉池」周回コース〜

△豊倉(110.9m2等)〜「亀ノ倉池」周回コース合流〜バラ園から大外回り〜

梅園〜あじさい園〜かおりの森〜飯盛山展望台(124m)〜噴水花壇〜フラワーセンターP



自宅発(10:15)〜フラワーセンターP(11:018)〜温室(11:35〜11:55)〜

池辺のテラス(11:56)〜「亀ノ倉池」周回コース〜△豊倉入り口(11:58 △豊倉12:14)〜

「亀ノ倉池」周回コース(12:33)〜バラ園から大外回り〜梅園〜あじさい園〜かおりの森〜

飯盛山展望台(13:10 昼 13:57)〜噴水花壇(14:19)〜フラワーセンター退場(?)〜

遠回り往路〜自宅(16:31)



何時も聞いているNHKラジオで「フラワーセンターで15万本のチューリップが満開」とのお知らせが流れている。この時期に何度か訪れている風景を想像して「15万本と言ってもあんなもんだろう」と思いながら行って見ることにした。今日はもう一つの予定「△豊倉の確認」だった(地図は持たず)。自転車を積んで行き、辺りの探索も考えたが今回は止めた。フラワーセンターP(11:018)Pは平日でガラガラ、入場料は大人550円で70歳以上(250円)・障がい者(100円付き添い1人無料)・高校生以下(無料)・6種類のカード(400円)など。
 
            入場直ぐの場景11:28

券売機の前で2人の婦人がそれを案内していた。入場して直ぐの広場では鉢植えのチューリップを積んだ軽トラが数台いて適所に配置するようであった。その先がメイン花壇で予想していた一面チューリップ花壇と違いデザインされ、色彩が見事な花壇に変身していて感動した。温室
(11:35〜11:55)温室入り口に下記有り

 
        入場間もなくメイン広場の花壇11:30


 
袋の長さが世界一認定の「捕虫袋」11:35  ベゴニア展示温室11:38

 
             温室内から花壇の眺め11:39   

 
欄展示温室11:52            池辺テラス11:56
「ネペンテス・トランカーク2022年8月20日、フラワーセンターで育成された最長のウツボカズラ捕虫袋(55.5センチ)が世界一に認定されました。乾燥標本にし、展示しております。」とのプレートとその標本がガラスケースに入れて展示してあった。その後は多種多様のベゴニアに続き熱帯植物の温室。一度室外に出て次の温室で捕虫植物と欄の展示を観て外に出る。池辺のテラス(11:56)寒くも暑くもなくテラスで癒されている人多し。

 
「亀ノ倉池」周回コースに入る11:59  △豊倉山への道12:03

「亀ノ倉池」周回コースに入る。右の林に△豊倉への入り口を探りながら進み擬木階段より入る。
△豊倉入り口(11:58)歩かれている形跡は薄く、勿論歩くのは私一人だけ、何十年か前「道が在るから」と言う事で上へと歩いていると広場があり、そこから引き返したことがある。その時とは違った感じであったが整備されていない広い道に出て上へと緩く上り続ける。すると記憶にない人工石の石垣が出た。(12:05)

 
人工石の石垣が出た12:05      高さ1m位の水飲み場12:06

入り口と思われる所から入ると木が繁りかけた広場になっていた。探索していると木立の中に純白の陶器の水飲み器がポツンと立っていた。何とも不思議な感じ、他には何の形跡もなし。そこからは道なき小ヤブを分けながら緩く上っていると赤く塗られたドラム缶とブリキのバケツが一つ有り
(12:08)この時は「何だか知らんがこんな物が有るは」と思っただけでこれが防火用と推理もせず上った。

 
木立が繁ってしまった防火用ドラム缶12:08 擬木階段が現れる12:12

次には全く予想すらしていなかった擬木の階段が出た。これを見て「頂上に上る道が在ったんや」と知る
(12:12)。次にさらに驚く物が目に入る、やや開けた所で黄色の物体、それはコンクリート製(確認しなかったがコンクリだと凄い重量と思うのでプラスチック類だったかもとも思う)のベンチで「日本たからくじ協会寄贈」だった。そこにはコンクリで建物の基礎と思う物もあった。ここが頂上で無傷の二等三角点石標が在った。

 
往時を訪仏させるベンチ12:13     △豊倉山12:13

 
△石標の近くに井戸?12:15     下山時見かけた??12:26

タグ有り・保護石4個・
△豊倉12:14)石標のすぐ横に用途不明のまるで井戸としか考えられない物が在った。直径2m足らず石垣積み、この頂上に水が出るか・・・出たのか・・・出ることを願って掘ったのか・・・。北向きに道らしき跡が在ったので少し下ると行き止まり(地図を持っておれば道が在ったことが分かった)。少し移動しているとここにもベンチ一つと黄色に塗られた鉄パイプが横たわっていて、これはテントの屋根のフレームに思えた。元の道に戻って下る。

所々で歩いた証に木の枝を折っていたので、それをも助かった。それ程木が繁ってきていると言う事。水飲み器がポツンとある辺りに下った時広場に関わる遺構が2か所に在った。一つは加工丸太をボルトで組んだ物とコンクリの筒(経約30センチ)上部にはステンレスの輪がハメられていた。ツバキ園の所で「亀ノ倉池」周回コース合流
(12:33)「亀ノ倉池」の堤を歩いていると80センチ近くも有ろうと見える鯉が群れで浮いてきていた。

バラ園から大外回りで梅園・あじさい園と歩くT字路に着いた時、豊倉山で見たドラム缶とバケツが有りドラム缶には「防火」と大きな字で書かれていた。かおりの森からは道の左側に白のドウダンツツジの並木が延々続いて飯盛山展望台に着いた。
(13:10 昼 13:5)セブンで買ったおにぎりを食べていると壮年夫婦がポツリポツリ上がって来た。挨拶だけで先へ進む夫婦、その中で「どちらから来られたのですか」と尋ねる事が出来た夫婦は何と私と同じ播磨町野添北の夫婦だった。

 
大外回りコースで12:45        「ツツジの道」12:59

 
飯盛山展望台13:10         同所から中央温室とその奥△豊倉山
 
 
噴水の在る花壇に出る14:19      チューリップ展示ロード14:37

夫婦の山歩き履歴(千種の後山・三室なども話もされた)と私と私夫婦の山歩き履歴を話したり「実家は波賀町なんです」と言ううと波賀町も知っていいるとの事だった。そして別れた。下る時も数組の夫婦に合う。植樹ツバキ帯、ミツバツツジの群生の所もあったがどちらも時期は過ぎていた。

下り着いた所は「四季の花壇」だろうか・・噴水の在る花壇の所だった。
(14:19)そこでスケッチをしている方が居て、スケッチについてしばらく会話した。出入り口に向かっての道には凄い種類の鉢植えチューリップが展示されていた。売店で目の保養をしてフラワーセンターを後にした。

飯盛山展望台横の看板
播磨国風土記ゆかりの地 『播磨国風土記』は奈良時代初期の和銅6年(713)5月の管令により作成が命じられた地誌で、715年頃の編纂されたものと見られています。この日本最古の地誌である『播磨国風土記』には、地名の由来や土地の伝承、土地の肥沃(ひよく?)さなどが記されており、当時の生活や文化、自然、人やものの移動など、様々なことをうかがい知ることができます。

加西市は、賀毛郡に含まれ、ゆかりの地が多く登場しています。9楢原里・飯森嵩(だけ) この展望台から南北の方角に見える一体が、『播磨国風土記』の中で楢原里(ならはらさと)と呼ばれたところです。はるか向こう正面に、同じく風土記に登場する糠岡(糖塚山:網引町)が見えます。この楢原里は、柞(なら)が生えていたから楢原と呼んだとあります。柞はブナやカシの総称で、「ドングリ」のなる種類が多い樹木です。

地名になるくらいですから、ブナやカシが生い茂る、かなり大きな原生林があったのでしょうか。原生林はドングリの他にも、山の恵みが手に入る食料の供給源でもありました。飯森嵩(だけ)は、大汝命(おおなむちのみこと)がこの山で飯を盛ったからとあります。山で飯を盛るという行為は農耕祭礼(収穫祭)の一種で、伝承では大汝命(神)が盛ったことになっていますが、実際は逆で盛った飯を土地の農耕神(大汝命)に捧げたと考えられています。

飯森嵩はこの場所飯森山(豊倉町)が比定されています。飯盛山周辺の古墳 飯盛山と周囲の山塊には、古墳時代の群集墳が複数造営され、かつての有力者の墓域だったことが分かります。こうした有力者の墓域と、農耕祭礼を行う場所(神聖な場所)なった山の関係が注目されます。」
平成26年3月 加西市播磨風土記1300年記念事業」この看板の右下に古墳所在地を示した地図添付有りそれによるとフラワーセンター内にも9つの古墳が在る。またこの播磨国風土記ゆかりの地の看板は加西市内の所縁の所に立っている。

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豊倉山