572  上牧谷〜高下〜一本松


波賀町の原地区辺りの山に向かうも、風は強く山は白、雪が舞い降り即刻退散。

サブのコースに引き返し、塩田地区から山に入る。

ヤブが点々出るのは覚悟、落ち葉蹴散らす尾根多し。

北の展望最高も倒木(伐採)多く難儀しながら、△上牧谷へ上り切り、昼を済ませ即進む。

落ち葉重なる尾根が続き快適歩きで終点着。


◎篠ノ丸城(兵庫県宍粟市山崎町加生)は、貞和年間(1345-49)に赤松則村(円心)の 次男・貞範が築城したという。 嘉吉の乱(1441)で赤松氏が没落し、播磨国は山名持豊 の支配となる。 応仁の乱(1467)で赤松政則が東軍(細川勝元側)に与した功により、 旧領 ...

◎所在地 : 山崎町加生・高下・青木の北面と中井の東から北尾根

◎地形図 : 2万5千図  『山崎(やまさき)』  『土万(ひじま)』  

◎山行日 : 2012.12. 6 (木)  晴れ          

◎山行者 : T・カブ/馬場・中島・横川・大柿(車)       Age=65

◎コースの見所 : @コース全体を通して落ち葉踏み踏み多し A上牧谷西辺りから北面の展望 

             B最上山のモミジの新緑と紅葉

◎走行距離 : 往路 原地区80.9km @109.8km  A117.9km  往復182.9km


山崎八幡神社自デポ〜山崎町塩田地区P〜南東尾根〜398m〜

上牧谷/篠ノ丸/戸倉山(612.2m三等)〜472m〜380m〜高下(355.9m四等)〜

384m〜一本松/篠ノ丸/山崎(338.0m三等)〜篠ノ丸城跡/最上山(320m)〜単独下山〜

山崎八幡神社自デポ
〜自転車で走る〜山崎町塩田地区P〜引き返し〜旬彩蔵合流


自宅発(6:40)〜明姫R〜R29〜波賀町原引き返し(8:34)〜1・神社自デポ(9:13〜9:20)〜

2・塩田(9:33〜9:47)〜3・(10:30)〜4・398m(10:30)〜5・からヤブ〜6・(10:55)〜

7・(11:09 休 11:15)〜8・(11:20)〜9・(11:30)〜10・(11:53)〜

11・上牧谷(11:22 昼 13:00)〜12・菅生分岐(13:04)〜13・472m(13:20)〜

14・(13:23)〜15・380m峠(13:40)〜16・基準点?(?)〜17・峠(14:00)〜

18・高下(14:06)〜19・(14:13)快適に歩き続ける。20・384m(14:30)〜

21・一本松(14:50〜15:00)〜1・神社自デポ(15:15)〜自転車で走る〜(8.1km)〜

2・塩田(16:00〜16:05)〜引き返し〜旬彩蔵合流(14:24〜16:30)〜

たいこ弁当発(17:10)〜自宅(18:16)


波賀町の野尻と原地区の西山塊を歩く予定で向かった。車中では風が強いし奥は天気も良く無いようなのでメインのコースを諦めてサブのコースうを歩くことにしていた。山崎町辺りでも快晴で「これならメインへ切り替えよう」と言う事で奥へ向かった。

波賀町に入ると次第に曇って来て登山口直前では雪が降り始め、登る方の山は白い。迷うことなく「あかん 引き返そう」(8:34)山崎まで引き返す。1・神社自デポ(9:13〜9:20)勿論モミジの葉は全部落ちて裸になっていた。自転車をデポして右に縦走尾根を眺めながら登山口へ向かう。

R53から外れR433に乗ると一車線の道になる。初めて走る道で土地勘が無く慎重に登山口を探る。2・塩田(9:33)ここが塩田地区なのかは不明。少しながら小雪がちらつく中で支度を済ます。発(9:47)何処を見ても急登なのでエイヤーで植林帯を上り始める。間もなく左ヒノキ右灌木になる。3・(10:10)

338.0m
一本松
21
城跡


18・

高下・355.9m

20
384m
19
17
13・
472m
15・380m→
14
12
11・上牧谷512.2m
4・398m

高取山

ええ感じやなー

10

上牧谷

この写真から後は中さんより受提供

@

16

←15・380m・峠

10
7・休

A

※地図2分割仕様

保護石、タグ、展望無し。少し休んで発つ。掘り切りを三本越えるとログ東屋ある展望所に着いた。21・(14:50〜15:00)ベンチに座り山崎町市街を見下ろしながら今日の歩きを堪能した。下山は一人抜けて下る。1・神社自デポ(15:15)車へ向かう。車では平地と思っていた道も自転車で走ると緩く上っていてしかも向かい風で8.1kmを45分も掛った。2・塩田(16:00〜16:05)引き返し、約束の旬彩蔵で合流した。(14:24〜16:30)

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水剣山

宮山

樹間からの眺め

長水城山

城跡から山崎町市街などを眺める(15:01)    城跡からの下り(15:15)

(21)手前からの眺め(14:34)          足を止めて観賞した所(14:39)

17・峠(14:00)覚悟して上る。ところが△高下には「もう着いたんか」意外と早く着いた。18・高下(14:06)道の直ぐ左で落ち葉の中に静かに立っていた。うっかりしていると見逃す。保護石、タグ、展望無し。右ヒノキ林で展望全く無し、緩く上って行く。19・(14:13)柔らかい日射しが裸木を抜けて落ち葉を照り返し、思わず足を止めて観賞に浸る。20・一本松(14:41)

(17)への尾根(13:49)              (14:27)辺りの尾根を行く

東方面には暁晴山も同定出来た。昼発(13:00)馬さんが「最上山へは道があるから楽勝や」と言った。12・菅生分岐(13:04)鞍部からは左に長水山と宮山が見えたり隠れたりする。尾根左右は風倒木で無残な姿が続く。低いが大きな岩頭を越える。13・472m(13:20)左右ヒノキ林になる。14・(13:23)ヒノキ林が消え、落ち葉踏み踏み下る。

15・380m峠(13:40)青木?地区へは確かな道を確認した。此処までは現在地確認が出来ていたが以後は特徴無き尾根の連続で現在地が曖昧になる。16・基準点?(?)中国道方面が全開する。下っていると樹間から前上方に大きな山塊の△高下が見える「二段構えやなー」鞍部は峠だった。

△上牧谷/篠ノ丸へのトラバース(12:34)    (11)△上牧谷/篠ノ丸:東から(12:55)

(10)からは先草ヤブを行く(12:03)        倒木を潜ったり・・・(12:10)

尾根を見上げると処分されていない倒木もあり暫くトラバースする。急斜面の植林帯を横へ移動して行き正規のコースに合流し△上牧谷に着いた。11・上牧谷(11:22)保護石・タグ無し。展望一部。何故か石標上部が丸くなるほどは痛めつけられていた。時々陽が射し込む中で昼にする。北樹間から水剣山が見える。

水剣山

鞍部は蔓ヤブと重なり合う倒木で塞がっていたが倒木のお陰で遠望が出来て△上牧谷が見える。どんな所でも探せば在るもんで左へ巻いて右へ巻いて・・・10・(11:53)北面が全開で水剣山などが丸見え。鞍部からは輪を掛けたカズラと倒木。「何処からどう通過する・・・」獣道に導かれて進んでいると大きなヌタバが在った(草が繁る時期は悪戦苦闘?)。

倒木は悉く数メートル長さに処分されているが乗り越え難い。此処でとうとうカメラのバッテリー容量がゼロになる(残量予測が甘かった)。「携帯で・・・」とも思ったが以後の写真は中さんに依頼した。浅雪で白い植松・荒尾・大甲山。手前には水剣・長水・宮山などを眺めながら上る。
赤い実を付けた万両が広範囲群生している。間もなく処分木で尾根直登が難しくなり尾根右の植林帯を歩く。

(9)から前方眺め(11:30)              (10)から北面(11:50)

大きく方向が変わり、樹間から先のピークが見える。幅広く何処でも歩けの尾根を行く。残った黄葉が逆光で光る何とも表現の仕様が無い感じの良い丘ピークに着く。8・(11:20)下りは、此処までで最高の落ち葉ロードだった。太い蔓が目立つ。鞍部に近付くとヤブっぽくなって行く。9・(11:30)

(7)休憩中:南から(11:10)

11:00

快適に進む「この分だと最後までヤブ無しと違うか」鞍部から上りにかかると「そうは問屋は卸さんは」5・から中ヤブになり鉈の出番。間もなくヤブを抜けると觀木帯の緩い上りになり、落ち葉に埋もれた踏み跡と言うか昔道?が再出。樅の木が目立ち始め上り切る。6・(10:55)北面険しい長水山が覗く。

少し下った所に『播磨国一宮・伊和神社御用林』『奉納・参万七千九百参拾石○町○反・・・・平成十年三月二日』と彫られた磨き御影石の石標が立っていた。左から数多くの太い杉が倒れかかりそれを潜ったり回り込んで通過する(短い)。7・(11:09)「休もう!!馬さんから大福が出る」「寒くて声もかじかむは」休発(11:15)

鉄塔下:西から(1026)                (3)からの下り(10:35)

ヤブ予想が外れ、快適に歩けた。と言っても右からの強風があり尾根の落ち葉を吹き払う。鉄塔下(10:25)巡視路は線に沿って付いていたが枯れ木などが塞いでいた。小柴ヤブを上り尾根に乗る4・398m(10:30)右がヒノキ林になる。プラ杭に『上牧谷』と入っている。

(3)への上り(10:03)               (3)先の尾根には道?(10:16)