376 △飯見〜大甲山〜荒尾山〜細尾山。


植林・アベマキ・柏帯300m激登り、着いた主尾根は倒木帯。
ミツバツツジとアセビ咲く高木雑木の北尾根を少し歩いて△飯見。
元に戻って倒木越えて植界尾根から手付かず尾根を凸凹辿って西へ進む。
未だ止まぬ風避けて8・7・1でおにぎりタイム。神々宿るか原生林に、平伏し感動心奪る。
大甲山から展望は、黄砂か霞みか視程は今一。
荒尾山への右山肌は原生林に岩場が点在、頑張れ頑張り上り切る。
荒尾山から植松眺め、待っていてくれ次は向かうよ。
サテ、ここからはヤブを覚悟も入れば植界開き有り、開きと言うより道に等。
ワイワイがやがや難無く進むも調子乗り過ぎオーバーラン。
細尾山で最後の休み、終盤身近に林道見るも、ここは我慢で界辿る。
飯見地区〜西主尾根〜飯見(いいみ)694.2m四等〜尾根西進〜
871m大甲山(おおごうさん)1035.4m三等〜西進〜
荒尾山(あらおやま)1108m〜町境界南進〜
細尾山(ほそおやま)811.3m四等〜R=429(トリガタワ)。
◎所在地 : 宍粟市波賀町飯見・斉木地区西主尾根尾と
同市千種町荒尾地区との町境界尾根
◎地形図 : 2万5千図 『音水湖(おんずいこ)』 『安積(あずみ)』
『西河内(にしごうち)』 『千種(ちくさ)』
◎山行日 : 2006. 4.30 (日) 曇り(終日風あり) @’00.11.12
◎山行条件 : マイカー登山:CL大柿・SL馬場・北村・森・神尾・川上・安藤・中島
Age=59
◎コースの見所 : @(4)から△飯見への雑木尾根 A(6〜5)左大展望
B大甲山から南面約240度展望
C(8〜12)尾根から北面落葉高木原生林(主にブナ・ミズナラ)
D荒尾山から西面大展望 E(15)から細尾山まで界尾根右赤松林
◎走行距離 : 往路1=90.9 km 2=98.0 往復 180.0km
自宅発(7:15)〜明姫ロード〜姫路B・P〜R=29〜山崎町〜たいこ弁当(8:15 発8:23)
〜山崎町中広瀬交左折〜R=53〜南光町〜R=72〜千種町道の駅(8:55 発9:00)〜
〜R=429波賀町へ〜1・トリガタワ車デポ(9:26 発9:33)〜R=29斉木口交左折〜
2・飯見地区(9:42 発9:55)〜3・(10:44)〜4・(11:04)〜5・△飯見(11:12)〜
引き返し〜4・(11:20)〜6・(11:49)〜7・871m(12:05 おにぎり 発12:30)〜
8・(12:39)〜9・(12:50)〜10・△大甲山(13:00 発13:23)〜11・(13:32)〜
12・(13:50)〜13・荒尾山(13:54 発14:05)〜14・(14:15 発14:20)〜
15・(14:33)〜16・(14:40)〜17・オーバーラン(14:50)〜引き返し〜18・(15:05)〜
19・△細尾山(15:25 休み 発15:33)〜20・(15:39)〜21・右下林道(15:44)〜
22・寺跡(15;52)〜23・(16:00)〜R=429(16:06)〜1・タワ(16:13 発16:18)〜
2・飯見地区(16:27 発16:40)〜R=29〜
山崎町杉ヶ瀬たいこ弁当(17:00 食事 発17:28)〜往路〜自宅(18:20)
大甲山へは馬場さんのリクエスト、それなら狙っていた「大甲山〜荒尾山〜細尾山〜トリガタワ」に決めた。しかし、細尾山前後はヤブと聞くし私も山相からして笹と芝のヤブを覚悟してその日を待った(本来は4月15日に計画するも雨で中止になって順延した)神戸・明石のメンバー7人は神尾さんの車に乗って私の家に来てくれて、4人づつ乗り分けて千種町へ向かった。安志峠の「たいこ弁当」で食料を買い込んだ(朝が早かったので朝食の人もいた)。
千種の道の駅に入る。野菜を買ったりトイレをすましてトリガタワに着いた。
1・トリガタワ(9:26 発9:33) トリガタワの桜の花は未だ十分見られる状態で残っていた。私の車をデポして飯見へ向かっていると波賀町側からトンネル工事が進められていた。そう言えば兄に聞いた話では、林道が斉木地区から大甲山の下を通過して野尻地区の林道と繋がると言っていた。何処を通過すのか地形を見ると今日の (4) 辺りで尾根を越えると思われるがここでもまたすばらしい山腹にメスを入れるのか・・・。R=29を走りながら見上げる大甲山は見事なピラミッド形。
2・飯見地区(9:42)

トリガタワの桜:北から 飯見地区広場で登山準備中
実家の下の道の広場に車を止めて東の方にこれまたピラミッド形の一山を眺めながら支度をした。今日は川上・安藤さん紹介で、私は初めてお会いする中島さんが同行された。 発(9:55) 私の実家の前を通過して直ぐ北より上り始めた。そこからしばらくは山道が在るがそれが先細りになり、やがて消えてしまう。感覚的にはほぼ直登で尾根を目指す。植林帯に少なからず倒木あり、それを越えながら等高線通りの激登が始まる。
途中から左の方へ寄って行き、走りながら見えていたハゲ地に出て一休み (10:17) 早くも高度感を得る。登りは続く、やがて岩場に近い露岩が出てくる、左を巻いて登っていると西の谷で鹿が啼いた。アベマキ主体の林で二休み、楽しい会話の時が過ぎて元気回復。と、言っても直ぐに息が切れる。ハッキリした尾根の傾斜が緩んだ所に着く。 3・(10:40) 三休みして発つ。左赤松が目立ち右は桧林、やがて左が桧林に変わって柏の群生帯に露岩が出て来ると間もなく尾根に立つ。 4・(11:04)

(3)を発って直ぐの尾根安藤さんの後ろに馬場さん (5)△飯見への尾根

(4)直下の柏帯:左から安藤・川上・馬場 (5)飯見への尾根から見る荒尾山(矢印)
馬場・北村・神尾・中島さん(記憶にある人)で折角近くに登ったのだから△飯見へ足を向けた(私は2階目)クヌギ主体の露岩尾根にはミツバツツジとアセビが咲いていた。 5・飯見(11:12) わずかに新芽を出した高木雑木は更に続いていたが引き返した。右雑木林の樹間から大甲山から荒尾山が尖がって見えた。引き返して皆が揃って発つ。 4・(11:20) 北からの杉倒木が尾根と尾根南側までを塞いでいて、それを巻いても楽には通過できなかったので思いきって尾根の倒木帯を通過した。
二度目の短急登は尾根を分けて左桧・右高木雑木帯。下草無き山肌を思い思いの所を上って全員が揃った所で前進。左右植林帯になり倒木も点々と出るが支障無く進めた。露岩が目立ち始めて右が赤松主体自然林の中にタムシバの白い花が落花しながらも残り、樹間から荒尾山への尾根も見えた。 6・(11:49) 左も視界が利き始め、東山・一山・阿舎利等も見えるがスッキリしない視程。より強くなった左からの風は木々の間を音を立てて吹き抜けた。次の上りで『上り切って昼にしょう』と声を掛ける。○○さんは手を叩いて喜んだ。松葉が積もる尾根でおにぎりタイムに入った。 7・871m(12:05)

(4)での倒木越え:神尾・安藤・川上・中島 独身男性のハンドメイドランチ
ここまで触れなかったが初めて参加した中j島さんは淡々と歩を進められ、余裕を持って歩かれていた。顔、体型が安藤さんに似ておられて姉妹のように思えた。 発(12:30) ほぼ横ばいで進む。南下方には斉木地区、北側は倒木で開け、野尻地区からの林道やR=29が見えた。間もなく尾根と尾根右に生えるミズナラ・イヌシデ・ブナの待ちに待っていた原生林に入って行く(左は残念ながら桧林)。 8・(12:39) ふかふか落ち葉は風に吹き飛ばされ、地肌が見えている所も在ったが「お好きな所をどうぞ」と言わんばかりの、ほぼ横ばい幅広尾根原生林の感動に浸り歩いた。
やがて上りに掛かり、コブを越えて緩い上りに入る。 9・(12:50) ここからの上りが意外と長く「まだか・・・未だか」と、思いながらの上りが続き左桧林の中に明かりが透けて見え出し、そちら(左)へ折れて桧林を上ると大甲山の直近北に出た。 10・大甲山(13:00) 眺めは中程度で遠望では黒尾山が同定できる位だった。 (14) からR=429までの尾根全容も見え (14) の右鞍部に植松山と思える笹原がチラリと覗いていた。

12:41の写真 大甲山 左から:神尾・安藤・川上(前:中島)北村(前:森)馬場
大甲山:北西から 荒尾山:南から 左から:神尾・北村・森・安藤・中島・川上・馬場

荒尾山への尾根 荒尾山から眺める植松山
左は大甲山から続く桧林、右も植林だったが尾根には主にアセビが生えていた。ここからは笹と柴のヤブを覚悟していたがその気配は無く、大して邪魔にならないと思う木も、最近誰かが切り開きをしていた。右が自然林に戻って太くないがブナの木が残り岩場も見られた。荒尾山から植松山への尾根が見えたが葉が繁れば見えなくなるだろう。 14・(14:15) 少しヤブっぽいピーク(所)で皆が揃ったところで下り始める。 発(14:20) 少し下ると右が赤松林になって延々と続く。短い急登で小さなピーク (14:28) 高度を下げて行く。 15・(14:33) 界尾根は余りりにも快適に歩け拍子抜けの感が否めなかった。
やがて注意ポイントに到着。 16・(14:40) 西に折れることを複数で確認する。進行方向はだだっ広い松林の疎林、二畳位の水溜りはヒキガエルの卵で埋まっていた。右の切れ落ちを確認しながら進んでいると右が大きく開け、荒尾山を分けて左右の尾根が見えた。久し振りの展望にもう少し進むとより良く見えると横ばい尾根を進む。見えた見えた、荒尾山から植松山へ向かっての下りと上りの険しい稜線が見えた。植松山は知っての通り笹原のなるいピーク。南も全開で眺めると、波賀と千種町が共同で建設したクリーンセンターがまるでG場のクラブハウスの様に見えた。

(16)からの下り松林の疎林 (17)から北の眺め
その位置を見てオーバーランしている事に気が付いた。 17・オーバーラン(14:50) このようにコースを間違った時にドラマが待っている事が多々あるが今日もそうだった(一見の価値あり是非立ち寄りを薦める)。 ヒルガタワ辺りも見えてそれを確認して引き返しを始めた。 (15:03) 現地確認 18・(15:05) 左桧右赤松林が続き、相変わらず快適に歩けた。そんな時、石標が現れる。実は「細尾山」のことを忘れていた。尾根肩の様な所で南の谷側は自然林が残っていて開けていた。ここで最後の休憩に入った。
19・細尾山(15:25)
頭上でシジュウカラが異常な位に鳴き続けた。巣を掛けていたのかも知れない。車の走行音がしてきて残り短く思い始めた。 発(15:33) 右が植林左高木雑木の界を下る。 20・(15:39) 要注意地点。赤い角プラ杭は左(東寄り)の尾根にも下っている。左右植林帯尾根を右に下る。直ぐ下にも尾根分岐があるが地形を読めば地図とピッタリ合って左尾根を下る。間もなく尾根右が崩れ落ちて覗き込むと林道が通過していた。 21・右下林道(15:44) こぶを越えて下ると右直ぐに林道が在り「林道を歩きますか・・・」神尾さんだったか「境界を歩こう」直ぐに決まった。
この辺りは複雑な地形であったが左の小判型等高線ピークに乗らないよう進んだ。赤いプラ杭が打ってあり、杭は境界線と合っていたのでそれを目印に歩いた。間もなく回りとは段落ちの平地に白い杭が打ってあり近づくと「白雲山日光寺跡福海寺快尊上人により上松山福聚寺ここに遷座し白雲山日光寺として観世音菩薩と薬師如来を祀る、永禄年中波賀七郎代に焼失」「正観世音菩薩は石原山福海寺明王院に、薬師如来は斉木医王山安養寺に祀る、(福海寺明王院観音縁起による)」「平成六年十二月吉日 建立」「波賀町教育委員会」上松山とは現在の植松山のことだろうと思うがまさか植の字の誤植では無いだろう。 22・寺跡(15;52)
白雲山日光寺跡の標識杭
寺跡の先で左の谷へ向かって道の跡を見つけ、辿って見るとそのまま深い谷を下っていた。R=429をタワから波賀町側へ下っているとカーブの所に「白雲山日光寺跡・・・」の標識杭が建っていて気になっていたがそれの指す所が現在地だった。尾根左下山肌を通過して右にコブを見ると廃棄アンテナの様な物が建っていた。 23・(16:00)
左が崩れ落ちたやせ尾根みたいな所を通過、ここに来て少しヤブっぽくなる。実生の松が生えて枝が絡み合って通りにくくなる。神尾さんは直進でR=429へ向かって下って行ったが私達は出来るだけ界を外さない様に歩いてR=429に出た。 (16:06) 車に向かっていると右の山肌に先ほど見た林道の入り口が在った。車に戻って飯見へ向かった。
皆さんお疲れ様でした。馬場さんSLありがとうございまいた。中島さん又ご一緒して下さい。
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