※レポート・写真挿入不良有り
空 欄
千原峠の隧道 京都側から中央小さな白点は妻 (2−1)からの展望・左奥粟鹿山・右山塊尾根肩最奥カラコ山・山間今出地区
尾根は笹が生えていて西が全開だった。(10:48)今出の集落の上に中継塔の林立、粟鹿山その右に深い谷を経て鋸歯の禿げ尾根はカラコ山辺りだろうか・・?。界は少し藪っぽかったが間もなく消えて、下草のない植林帯を上って朱銀の奥山に着いた。 3・朱銀の奥山(11:05) 植林帯の頂は、幅広水平ピークだった。山桜・松・桧が疎らに生えて展望なし。(ホワイトバードのマークあり1月3日榎峠発でここを通過している)『朱銀』とは何を意味しているのだろう・・?冷たいおやつを食べて発つ。 発(11:15)
尾根には太い山桜と赤松が点々と残っていた。小さなコブを越えると今度は太いアベマキが加わってきた、植林帯が続いた後だけにほっとしながら歩く。界の右が複雑な地形のため探索に入ったが何も無し。 4・(11:35) 437mへの上りから界左とやせ尾根の雑木林に変わる。左にちらちらと粟鹿山が見えた。先を行っていた妻の叫び声を聞く・・・何かと思えば中形のマムシだった。 5・(11:42)
左右は切れ落ちて、R=427を走る車の音がする。雑木林の横ばい尾根から植林帯の下りに入って行く。 6・(11:50) 予想より長く感じながら下って問題の崖上に着いた。 7・(12:00) 採石地跡で断崖は20m位だろうか、下を覗き込むと一寸怖かった。
右京都側が開けて末地区と色付きかけた稲穂が美しい。ツクツクボウシとミンミン蝉が鳴き、京都側から心地よい風が上がって来る中で展望をしながらおにぎりを食べる。今年の3月28日島田君達が遠坂峠から千原峠間を歩いているがその時の断崖通過は、界はかなり危険と見て、界から一度京都側に外れてここに復帰していた。私は『境界』にこだわっているのでここは危険承知で何とか界を辿れないか探る。
確かに激下りの後は右は断崖左はR=427が接近していて高い法面が予想された。また正面には乗り越えられるか不安になるなデッカイ山が目に入った。 妻を安全な京都側に見送って、私は最悪「引き返し」を覚悟して下った。発(12:32) ザレで滑る滑る、立ち木にすがりながら下っていると下から「お〜い」と掛け声があった。
「山を下っているんです」「道に迷ったんか」「千原峠から来たんです」声の出所は道の拡幅工事をしている人だった。3〜4人の人が見上げていたが私がバイクを担いでいたので???掴んだ木が根元から抜けたり(朽木)する危険な状態が続いていたので脇見も出来ず、それ以上会話も無く進んで無事峠に着いた。 8・小峠(12:45) 妻の姿が見えないのでトランシーバーで呼ぶとほぼ下り切って広場に出るところだった。
遠坂峠 中尾根を下った・先端が小峠左の線はR427
妻を待って発つ。上り直ぐ左下に峠の石仏あり。界はザレで滑り、急登を喘ぎながら上って肩に着いて一息入れる。 (13:05) 自然林を緩く上って右桧林の植界に着く。 9・(13:05) 峠かも・・・と思っていたコルの左は深い谷で峠どころでなかった。 10・(13:15) そこからの植林帯上りは少し緩む所もあったが予想通り急上りが続いた。2回休んで上り切った。 11.(13:55) コブを1つ越えて京都側が開ける(12)に着いた。 12・(14:00)
ホワイトバード1月10日10時24分通過と言うことは、1月3日榎峠発遠坂峠は小峠前断崖から(12)ピークを見上げて乗り越えを断念し小峠でリタイヤしたと考えられる。左桧林、尾根と右に自然林が残っていて特に赤松が美しい。コブを1つ越えてピークに立ち、府県界から緩く少し下った京都側にに在る湯舟山に着いた。 13・湯舟山(14:14)ホワイトバード「石野・横小路・大本・田代」のプレートが掛かっていた。
ホワイトバードの脚力を考えると、遠坂峠で終える訳が無い、私の勘では多分粟鹿山までは行っていると思う。島田君が言っていた、発砲スチレンに書いた「○比治山」プレートが落ちていた。○の所は「四」の字のようであった。これは石標と府県界の中程で観測された対空標識(形跡確認)3枚羽根の内の1枚でないかと思ったが・・・。また「小風呂とか湯舟山」の山名は遠坂峠の粟鹿温泉(好楽園)に繋がらないだろうか・・・。
妻を待って発つ。上り直ぐ左下に峠の石仏あり。界はザレで滑り、急登を喘ぎながら上って肩に着いて一息入れる。 (13:05) 自然林を緩く上って右桧林の植界に着く。 9・(13:05) 峠かも・・・と思っていたコルの左は深い谷で峠どころでなかった。 10・(13:15) そこからの植林帯上りは少し緩む所もあったが予想通り急上りが続いた。2回休んで上り切った。 11.(13:55) コブを1つ越えて京都側が開ける(12)に着いた。 12・(14:00)
ホワイトバード1月10日10時24分通過と言うことは、1月3日榎峠発遠坂峠は小峠前断崖から(12)ピークを見上げて乗り越えを断念し小峠でリタイヤしたと考えられる。左桧林、尾根と右に自然林が残っていて特に赤松が美しい。コブを1つ越えてピークに立ち、府県界から緩く少し下った京都側にに在る湯舟山に着いた。 13・湯舟山(14:14)ホワイトバード「石野・横小路・大本・田代」のプレートが掛かっていた。
ホワイトバードの脚力を考えると、遠坂峠で終える訳が無い、私の勘では多分粟鹿山までは行っていると思う。島田君が言っていた、発砲スチレンに書いた「○比治山」プレートが落ちていた。○の所は「四」の字のようであった。これは石標と府県界の中程で観測された対空標識(形跡確認)3枚羽根の内の1枚でないかと思ったが・・・。また「小風呂とか湯舟山」の山名は遠坂峠の粟鹿温泉(好楽園)に繋がらないだろうか・・・。
湯舟山手前の赤松 △湯舟山南から 湯舟山から府県界西尾根
西へ続く府県界尾根の先に朝来山・笠杉山・段ガ峰なども見えた。おやつを食べて 発(14:41) 府県界から遠坂峠へ下る分岐が上手くつかめるか心配しながら下って行く。左自然林右植林帯(20Y未満)鹿網と平行して道のような物が現れて、それはコブの右下を通過していたが塞がり気味、私は尾根(界)を行き、平坦なピークに着いた。 14・(15:00) 地形を読んでいるとマーキングも見つけ、確認して峠へ下り始める。右自然林との植界を下って注意地点。 15・(15:11) もう少しで明るい東尾根に誘われるところだった。コンパスを信じて下っていると下からまるで風呂の中かと思う響き声が聞こえてきた。
植界から桧林に変わって急下りをしていると鹿が3頭左から右へ走り去る。車の音も大きくなってきてR=427に下りついたが、界から5m位山東町側にずれていた。 16・遠坂峠(15:29) 響き声のする方へ行って見ると屋根付きゲート場でゲームをしている人の声だった。峠の界に戻って妻と別れてバイクで下り始める。久し振りにスカッとぶっ飛ばして下ると、途中工事の信号待ちがあったがわずか5分で車に着いた。 (15:41)
妻を迎えに上って、今出の「せせらぎ園」へ行き、一番奥の駐車場で着替えたり休んだり汗を流したりして休む。私は次回の下見を兼ねて、谷川に沿って上って行き、砂防ダム工事の所で引き返した。谷は工事でかなり荒れていたが工事が入っていなければ感動を得るに十分な相をしていた。
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