S/G
bQ40
上生野(こうじくの)〜霧畑(新設)
県内に有るだろうか よくぞ残った延々続く石畳 観音様に手を合わせ鐘を突いて安全祈る。
更に上って町界へ、あっちこっちで町界外れ悪戦苦闘で下降ポイント。
下ったコースで見た石仏は首から上が有るもの無きもの はてサテそれはどうしてか……?
朝来町岩津の鷲原寺S/G〜岩屋観音〜行者岳分岐〜南下〜朝来/生野町境界尾根南下〜
769.0m〜上生野806.5m二等〜霧畑(555.4)〜鷲原寺分岐〜鷲原寺(S/G)
◎所在地 : 朝来郡朝来町と同郡生野町境界尾根
◎地形図 : 2万5千図 『但馬新井(たじまにい)』
◎山行日 : 2002. 9. 1(日) くもり
◎山行条件 : MTB・妻 (MTB乗り短く所々) Age=55
◎コースの見所 : @鷲原寺直ぐ先の県指定文化財石仏 A岩屋観音と参道の石畳
B尾根に点在する落葉高木帯 C鷲原寺へ下るコースの丁石仏
◎走行距離 : 往復 130.0km
自宅発(7:30)〜加古川B/P〜播但道〜神崎北L/P〜R−312〜鷲原寺(8:48)〜
発(9:25)〜
1・
山門(9:30)〜
2・
岩屋観音(9:50)〜発(9:55)〜
3・
谷筋渡る(10:15)〜
4・
尾根(10:35)〜発(10:45)〜
6・
(10:55)〜
7・
引き返す(11:10)〜
5・
(11:25)〜
8・
(11:35おにぎり)〜発(11:50)〜
9・
769.0m(11:58)〜
11・
(12:20マムシ・看板)〜
発(11:25)〜
14.
上生野806.5m二等(12:50)〜発(13:18)〜
16・
(13:25)〜
17・
(13:40朝来側山肌に新道あり)〜
21・
(14:20ルート間違い)〜
23・霧畑(555.4m四等)〜
23−1・
(15:10)〜
24−1・
(15:17)〜発(15:27)〜
25・
(15:28下り始め)〜
26・
(16:10)〜
車
(16:17)〜発(17:20)〜往路〜
自宅
(18:40)
この山域について何本かのコースレポートを島田君からもらっている。狩猟とヒルの期間を除けばこの山域に入れる時は余り多くなく、つい足が遠のいていたがようやくこのコースを計画して自宅を発つ。岩屋観音〜行者山〜山口は’99.10.10に踏破しているがその時と同じ鷲原寺の横の大きな広場に車を置かせてもらう。
鷲原寺(8:48)
ここは、もみじの郷 toして整備されていて東屋も2棟ありのんびり休むのには丁度いい所といえよう。この日は檀家によるお寺周りの一斉草刈で大勢の村人がその作業に汗を流しておられた。その中の近くにいる人に鷲原寺と町界を繋ぐ破線ルートは今も活きているか尋ねると昔は道があったが今は分らない。ただ中ごろに丈の低い笹原にくぬぎがはえるとってもきれいな所があったと聞く。
これは楽しみだ。お礼を言ってそこを発つ。岩屋観音の山門前に着くと前回には明るくなかった不動滝の方へのルートが整備されているように見えた。山門から先の自然石の石畳の上を歩きながら、もしこれが寺創建当時からのものであるなら凄いと感動もしながら歩む。
(2)9:50
境内に入り鐘を突いて本堂に向かい手を合わせ以後の山行安全を祈る。
今回は先がながいので本堂には寄らず尾根分岐を目指す。ガラ場の雑木帯を中・急上りして谷筋を東へ渡るとしばらくの間右下がりの山肌をゆるくトラバース植生は杉や桧に変わる。右下の谷は細流が岩盤の上を滑って落ちていた。やがて向きが北になりゆる上りすると尾根に着いた
(4)10:35
正面の下り急斜面は雑木帯でその木々の間から多々良木ダムがみえた。
(4)から町界への素晴らしい雑木帯尾根。
(4)に置かれている相当古い年代のゴミ入れドラム缶
これに誘われて上生野への分岐(5)を通過してしまった
行者岳への分岐(4)で休むが少し風があり歩みを止めると肌寒くなる。町界へ向って発つ。尾根にも左右山肌にも全く下草が無い。不思議にさえ思いながら素晴らしい雑木帯をるんるん気分で進む。やがてT字尾根となり現在地確認する
(6)10:55
尾根を南に下り始める。ルート間違いに気づいたのは直ぐ在るはずのコルが無く尚も下りが続いていたからである。
今日も木登りが始まる。木の上から眺めると西の方に大きな尾根が延々続いていた。それが目指す上生野への尾根であった。致し方ない(5)地点まで引き返したが間違った一番要因ははじめからの(5)を(6)に思い込み違いであった。上生野への界に乗って最初の平ピークでおにぎりを食べる
(8)11:35
じぐザグと折れながらほぼ横ばいで
(9)11:58
東尾根が大きく広く切り開かれていて誘われかけるが何とかクリヤーする。R−植林L−赤松の界のコブを越えて行く。
(11)11:20
のコルに県立自然公園遊歩道 銀山湖と岩屋観音を指した古いが趣のある看板が立っていた。そこへ下る少し手前尾根でマムシを見かけて写真に撮る。(13) コルでは早くも冬鳥のツグミを見る。いよいよ上生野へのウルトラ激上りが始まる 救いは美しい落葉高木の林であろう。
上りきって尾根を右へ少しゆるく上ると標柱が立つ上生野だった
(12:50)
ほんの少し西へ寄ると行者岳の反射板と (9)地点前後の尾根とその左に朝来山だろう山が霞んでみえた。朝来側は大岩が重なり合う凄い切れ落ちであった。そこで祠か何か祀って有りそうな気配なので辺りを探索したが何も見当たらなかった。
恐る恐る写真に撮ったマムシ 体長5センチくらいあったミヤマクワガタ…?
天気はあまりよくなくおまけに何号かの台風の影響だろう強い風が生野側から吹き上げてきていた。2度目のおにぎりタイムを終えて発つ
(13:18)
L−桧 R−混生林の界を進む (16)先から南へ下る尾根は島田君が確認のうえ下った尾根であるが私達もうっかり下るところであった。
(17)13:40
朝来側に細いが最近作られたと思える道があった。もしかすると不動滝からのものかも知れない。
生野側の破線は確認できずどころかここへの下りと先の上りは間伐の倒木を乗り越えて行くハードなコース。(19)から少しの間柴やぶとなるが抜けると右が開けて何度目かの覗きとなる。やがて素晴らしい雑木尾根にかわり感動しながら進む。(20か21)だと思うピークで南尾根を下っていてロスタイム10分で町界へ戻る。その後は余り記憶にも記録にもなくすすんでいた。
そして次に現地確認した所が (25) でそこはもう鷲原寺へ下る破線上だった。松ノ木だろう凄く太い木がほとんど朽ちて立っていた。人の往来が盛んだった頃には多分目印になったり夏の暑い日差しを避けたりあるいは風雨も避けたりしていただろうとも想像する。松林の間から釜床山の大きな姿を見て、いつかそこに立つよと心でつぶやく。そこの背の低い笹の生える山肌でしばし休み下山ルートを確認する。
とりあえず下のコルへ下る。北の方が全開で岩屋観音がある谷筋と大岩から尾根筋そして右手前に来て上生野のウルトラ急斜面が前山の奥にのぞいていた。獣道とも思える踏み跡が尾根につづいていたが右山肌に先はシダに消されているが作業道か旧の峠道かと思われる形跡を見逃さなかった。そしてそれを下る。
(15:28)
すこしの間シダをかき分け右下がりの山肌を斜めに下るとシダが消えてクヌギ林へと変わっていき幅1メートルはあったと思われる道が出る。
ここがスタート前に聞いた場所と思いながら下っていると (25−1)一体の石仏(H・50センチ位)が仰向けにころがっていた。膝の前で手を組んでいる坐像である。傍の木の根元に立て直して手を合わせて離れるが地図の破線ルートと違う谷筋なのに…???まさか、今下っているのは破線ルート…?そして直ぐに二体目の二体の石仏を見ることになるが一体はなんとも痛々しい姿で首から上がない坐像であった。
2度目の首無し石仏 3度目の石仏 後ろがクヌギ林
以後下山口までに3〜4箇所で同じものを見たがこの首無しになった石仏に対する私の想像は戦国時代この地に攻め入ってきた敵武士の仕業でないかと……。その後これを見かねた人たちがその傍にもう一体の石仏を建てたのだろう。山肌からガラ場の谷筋に下り細流と共に下ると丁度お寺の前に出た。このコースは周回コースとして上位にランクにすべきだろう。また後に建てられた石仏はその姿からして薬師・地蔵・観音等の菩薩であると思われる。島田君達に判定を仰ぎたいところである。
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26
17
16
4
10
2
24
14・上生野
806.5m
9・769m
3
11
6
5
20
23・霧畑
21
12
7
13
8
25
23−1
19
1